「可愛い」は、たぶん愛だ。キャラクターを作る仕事の私が『ちいかわ』を見て思ったこと

崎原 辰吾

こんな記事を書いておいてなんですが、『ちいかわ』については、もう色んな人が色んなことを言っています。

「可愛いのに怖い」
「実はディストピア」
「社会の縮図だ」
「考察するとめちゃくちゃ深い」

私も、そういう評判はずっと知っていました。

キャラクターアニメを作る会社で、制作部門の統括と営業をしているので、『ちいかわ』というIPが日本でとんでもない存在感を持っていることも当然知っていました。

でも、ちゃんと作品を見たのは、人気が出てからかなり後です。

仕事でキャラクターアニメを企画することになり、「リファレンスとして『ちいかわ』を見てみよう」と、当時YouTubeで期間限定公開されていたアニメを見たのが最初でした。

そして、ちょっと拍子抜けしました。

全然怖くなかったんです。

ただただ、

めちゃくちゃ可愛い。

最初に好きになったのは、うさぎでした。

なんなんだこいつは。

ちいかわとハチワレが作っている空気を、予想もしない方向からぶち壊していく。

そのカオスな振る舞いが、とにかく気持ちいい。

そしてエンディング曲もすごく良かった。可愛くて、楽しくて、音としての完成度も高い。

「あれ? 『ちいかわ』って、普通にめちゃくちゃ可愛い作品なんじゃないか?」

それが私の最初の感想でした。

人間が出てこないのに、めちゃくちゃ人間くさい

そこから作品を見ていくうちに、作り手として気になり始めたことがあります。

ちいかわ、ハチワレ、うさぎ。

この3人の関係性です。

私たちもキャラクターアニメを企画するとき、「どのキャラクターと、どのキャラクターの関係性が面白いのか」をかなり考えます。

キャラクターは、一人で設定を山ほど作れば立つわけではありません。

誰と一緒にいるのか。

その人の前ではどう振る舞うのか。

何が起きたときに、誰が何を言うのか。

関係性の中で、キャラクターは立ち上がってきます。

そういう目で『ちいかわ』を見ると、3人のバランスが本当に面白い。

ハチワレはよく喋る。倒置法のような、ちょっと変わった言葉遣いもする。

ちいかわはたくさん喋らない。でも、ひたむきで、仲間思い。

うさぎは、そんな二人のことを気にしていないようで、気にしているようでもあり、とにかく予測不能。

この3人がいれば、日常の小さな出来事でも、冒険でも、恐ろしい事件でも描けてしまう。

しかも不思議なのが、この世界には基本的に人間が出てこないのに、描かれている感情はものすごく人間くさいことです。

働く。

疲れる。

勉強する。

落ちる。

受かる。

友達を心配する。

美味しいものを食べる。

暖かい日差しが気持ちいい。

疲れたとき、冷たい床に寝転ぶと気持ちいい。

そういう、「わざわざ言葉にするほどでもない人間の感覚」が、ものすごく丁寧に拾われている。

原作漫画を追い始めて、さらに驚きました。

アニメなら、音楽も声も動きも使えます。

でも漫画では、少ないコマと少ない言葉だけで、キャラクターの感情がものすごくストレートに伝わってくる。

静かな場面なのに、ものすごい激情を感じることもある。

逆に激しいことが起きているのに、どうしようもなく可愛いこともある。

説明されすぎていないから、見る側の感情が入っていく余地があるんです。

『ちいかわ』を見て、初音ミクを思い出した

この感覚は何かに似ているな、と思いました。

私が昔ハマった初音ミクです。

初音ミクは、人間の歌手のように歌うわけではありません。

少なくとも私が夢中になった頃は、その少したどたどしい歌声も含めて初音ミクでした。

でも、不思議なことに、その不完全さによって感情が減るどころか、聴いている自分の感情が入り込む余地が増えるような感覚があったんです。

『ちいかわ』にも、少し似たものを感じます。

全部を説明しない。

「これは悲しいですよ」
「ここは感動してください」
「このキャラクターはこう思っています」

と、受け手の感情の行き先を決めすぎない。

だから、私たちは勝手に考える。

勝手に心配する。

勝手に喜ぶ。

勝手に「頑張れ」と思う。

作者のナガノさん自身も、過去のインタビューで、何か大きなメッセージや重いテーマを描くというより、何かが起きたときのキャラクターの反応や表情を描きたい、という趣旨のことを話されています。

なるほど。

だから、こんなにもこちら側が勝手に感情を動かされるのかもしれません。

だから、ナガノ先生の真似はできない

じゃあ私たちも『ちいかわ』みたいなキャラクターを作ればいいじゃないか。

そう簡単な話ではありません。

むしろ作品を見れば見るほど、

これは真似できない。

と思いました。

真似できないのは、絵柄ではありません。

世界観でもない。

「可愛いのに不穏」という設定でもない。

真似できないのは、ナガノ先生が普段世界を見るときの「アンテナ」です。

目の前で起きた小さな出来事をどう捉えるのか。

そのとき身体がどう感じたのか。

何を可愛いと思ったのか。

何が怖かったのか。

何が気持ちよかったのか。

その感覚そのものは、その人にしかありません。

だから表面的にキャラクターや絵のタッチを真似しても、意味がないと思うんです。

例えば、SNSに投稿するたった数コマの漫画を、大人数で会議して、何度も合意を取りながら作ったらどうなるでしょう。

もちろん仕事では、合意形成は必要です。

でも合意を取るたびに、

「この人は何を感じて、これを描いたんだろう?」

という作り手の体温みたいなものが、少しずつ薄れてしまうことがある。

実際、映画でもナガノ先生はキャラクターのイメージが崩れないよう、ちいかわがチラシを「奪い取る」ように見えない仕草や、眉毛の角度、口の開き方まで細かく確認したと語っています。

そこまでいくと、「キャラクター設定を守る」というより、その子が本当にそこに生きているから、その子らしくない行動をさせない、に近い気がします。

それでも私たちが『ちいかわ』から真似できること

ナガノ先生の感性そのものは真似できません。

でも、ひとつだけ真似できることがあると思います。

それは、

自分が感じた感情を、最後まで殺さないこと。

私は、ナガノ先生は目の前の世界をものすごく「愛」を持って見ている人なんじゃないか、と勝手に思っています。

可愛いものは、可愛い。

気持ちいいものは、気持ちいい。

でもそれだけではない。

世の中には、どうにもできないこともある。

辛いこともある。

理不尽なこともある。

それすら含めて、そこに生きている人や動物や自然を「可愛い」と感じているように、私には見えるんです。

何かを作るとき、その最初の感情を殺さない。

忖度しすぎない。

大人の事情を入れすぎない(笑)。

企業のキャラクター制作では、もちろん簡単ではありません。

でも、その作品に関わっている人たちが最初に感じた「これ面白い」「これ可愛い」「なんか好きだな」という感情を、最後まで残す。

月並みですが、それがすごく大事なんじゃないかと思いました。

「可愛いのに不穏」が、大人の心を開けてしまう

私たちは企画を考えるとき、「コアアイデア」という言葉を使います。

簡単に言えば、

「〇〇なのに、〇〇」

です。

既成概念から想像していなかったものが出てくるから、人は「えっ?」と振り向く。

ファニムビではコアアイデアを、「既成概念を崩し、新たな価値観を創造し、全体を貫く骨格となり、活動すべての指針となるもの」と捉えています。

そういう意味では、『ちいかわ』にはとても強いコアアイデアがあります。

可愛いのに、不穏。

こんなに可愛くて、子どものように見える生き物たちが、労働したり、勉強したり、理不尽な目に遭ったりする。

これはやっぱり強い。

でも、私は「可愛い」ということ自体にも、もう一つ重要な意味があると思っています。

例えば、大人のキャラクターが仕事に失敗して悩んでいたら、

「自分だったらこうするけどな」
「もっとちゃんとやればいいのに」

と思ってしまうことがあります。

自分が今いる社会の常識で、その人を見てしまう。

でも、もし同じことで子どもが悩んでいたら。

「頑張れ」
「大丈夫だよ」
「なんとか報われてほしい」

と思うのではないでしょうか。

ちいかわたちは、私たちと同じようなことで悩んでいる。

でも私たちは、彼らを責めるのではなく、応援してしまう。

もしかしたら『ちいかわ』は、

大人が、自分自身にはなかなか向けられない優しさを、自分によく似た小さな生き物に向けるための物語

なのかもしれません。

私はちいかわ。でも、うさぎになりたい

そういう意味では、自分が一番共感するキャラクターは、ちいかわです。

私自身、自分が一番になりたいとか、自分の意見をものすごく強く主張するとか、そういうタイプではありません。

普段も、そんなに自分から喋る方ではない。

どちらかというと、頭の中でぐるぐる色んなことを考えています。

だから、ちいかわを見ていると、

「だよね」

と思うことが多い。

そして、

「頑張れ」

と思う。

たぶん、自分にも言っているんでしょうね。

でも仕事では、営業としてクライアントに提案をします。

生配信もする。

歌も歌う。

人前に立って、誰かを笑わせることも、自分にとってすごく大事です。

そんなとき、うさぎを見ると最高なんです。

どうしようもない雰囲気になったときに、予想外の方向から全部ぶち壊す。

「お前、よくやった!」

と思う。

自分はちいかわ寄りだけど、人前に立つときは、うさぎでありたいのかもしれません。

ただ、映画の音楽には少しだけ思うところもあった

ここまで褒めてばかりなので、一つだけ。

映画を観る前、Xでは「エヴァンゲリオンみたい」という感想も目にしていました。

それを見て期待値を上げすぎてしまったこともあり、実際に観たときは「そこまでではないのかな」と感じた部分もありました。

特に音楽です。

映画における音楽には、作品全体を決定づけるほどの力があります。

ディズニーには、ミュージカルという強烈な文脈がある。

そして新海誠監督も、『君の名は。』でRADWIMPSと組む以前から、天門さんと『ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』などで長くタッグを組み、音楽と映像が一体となった独自の世界観を作ってきました。

その流れの先にある『君の名は。』では、RADWIMPSという一組のアーティストが作品全体を貫くことで、映画と音楽が切り離せないものになっていたように思います。

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』にも音楽はたくさん登場します。

一曲一曲は、とても気持ちいい。

特にトクマルシューゴさんの音作りは、やっぱりすごい。

ただ私自身は、映画を観終わったときに、

「この音楽のあり方そのものが、まさに『ちいかわ』だ」

と感じるところまでは、あと一歩だったように思いました。

これは作品が悪いというより、むしろ『ちいかわ』というIPにそれだけ強烈な作者性を感じているからこそ、音楽にも「この作品にしかありえない何か」を期待してしまった、という方が近いです。

全カット可愛い。これは卑怯です

とはいえ、映画を観ていて一番思ったこと。

全カット可愛い。

これは卑怯です。

強すぎる(笑)。

私は「可愛いは正義」だと思っています。

でも私が言う「可愛い」は、可愛い子どもとか、可愛い動物とか、そういう見た目だけの話ではありません。

愛らしい。

慈しむ。

「よくやってるね」

「頑張ってるね」

「どうしようもないけど、健やかに生きてほしいね」

そういう感情を、私は「可愛い」という言葉の中に感じます。

私は沖縄出身なのですが、自分が育った言葉の感覚にも、それに近いものがあります。

沖縄の言葉で「愛しい」「愛らしい」という感覚を表すとき、「かなしい」「かなさん」といった言葉があります。

昔から私は不思議でした。

どうして「愛しい」という感情と、「かなしい」という音がこんなに近いんだろう。

でも『ちいかわ』を見ながら、少し分かったような気がしました。

本当に大切なものを見ているときって、ただ「かわいい!」だけでは終わらないのかもしれません。

大事だから心配する。

愛しいから、傷ついてほしくない。

頑張っているから、報われてほしい。

でも、自分にはどうすることもできない。

だから、可愛いものを見ると、少しだけ「かなしい」。

ナガノ先生が見ている世界と、私が昔から感じていた「可愛い」という感覚には、どこか通じるところがあるような気がしています。

いいキャラクターは、私たちの代わりに生きてくれる

では、いいキャラクターとは何なのか。

私にも、まだ答えは出ていません。

でも、自分たちがこれまで作ってきたキャラクターを見て、視聴者の方が喜んでくれる理由を考えていると、一つ思うことがあります。

いいキャラクターは、

私たちに寄り添ってくれるキャラクターなんじゃないか。

別に、いい人である必要はありません。

悪役でもいい。

性格が悪くてもいい。

例えば、モモンガ。

ものすごく自己中心的です。

「そんなこと言う?」みたいなことも平気で言う。

社会性ないなおい、と思う(笑)。

でも、見ていると面白い。

なぜなら私たちの中にも、

「本当は文句を言いたい」
「好き勝手やりたい」
「なんで自分ばっかり」

と思う瞬間があるからです。

もちろん、社会では全部を口にはできません。

でもモモンガは、やる。

だから笑ってしまう。

同時に「いや、それはダメだろ」とも思う。

一人のキャラクターを見ながら、自分の中の色んな感情が動く。

それでいいんだと思います。

私たちが日々感じている壁や、生きづらさや、不安。

それを代わりに抱えて、疑うこともなく自分なりの方法で生きている。

そんなキャラクターを見たとき、私たちは少しだけ励まされる。

いいキャラクターとは、私たちに正解を教えてくれる存在ではなく、

私たちが言葉にできないものを、代わりに生きてくれる存在なのかもしれません。

「令和のドラえもん」になるんじゃないか

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、2026年7月24日に公開され、9月24日時点で興行収入165億円を超えています。(ORICON NEWS⁠)

数字だけ見ても、とんでもない作品です。

でも私は、売れているから『ちいかわ』がすごいとは思いません。

今の時代に生きる私たちが感じていることを、あの小さな生き物たちがあまりにも自然に抱えている。

働くこと。

友達のこと。

自信がないこと。

頑張ること。

報われること。

報われないこと。

美味しいものを食べて喜ぶこと。

どうにもならないこと。

それでも次の日を生きること。

そういう意味で私は、『ちいかわ』はこれから「令和のドラえもん」みたいな存在になっていくんじゃないかとすら思っています。

最後に。ここまで書いておいてなんですが

ここまで長々と自分の「お気持ち」を書いておいて、なんなんですが。

もしこれから映画を観るのであれば、この記事も含めて、いったん他人のお気持ちは全部忘れてください(笑)。

「これは社会の縮図だ」

「ここにはこんな意味がある」

「エヴァみたいだ」

「ここを考察すると深い」

そういうフィルターを一度外して、

自分はこれを見て、どんな気持ちになるんだろう。

そのくらいの気楽さで観てほしいです。

泣いてもいい。

何も感じなくてもいい。

うさぎを見て爆笑するだけでもいい。

「全カット可愛いな」で終わってもいい。

感じることは、本当に人それぞれです。

でも、ちょっとでも気になったなら、ぜひ劇場で観てみてください。

そして帰り道に、自分が何を「可愛い」と思ったのかだけ、少し考えてみてほしいです。

もしかするとその中には、

自分がこの世界の何を愛しているのか。

それが、少しだけ入っているかもしれません。

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